今、男性ナルシシズムが死にかけている ~現代ギャンブル依存症考~

パチンコ(パチスロ)依存症を初めとするギャンブル依存症の患者さん(クライアント。主に男性)に対して、治療(カウンセリング)を行うようになってから、もうすぐ7年になります。

実にさまざまな人達と出会ってきたが、やはり何らかの共通点はあるように思います。

ギャンブル依存症は、当然のことながら依存症の一種なのであるから、その精神病理はやはり嗜癖addiction的であるといえます。

これは、”快感の伴う癖”と言い換えてもいいでしょう。

快感が快感を呼ぶというかたちでドライブがかかるので、ハマるとなかなか抜け出ることができません。

では昨今のギャンブル依存症と、昔からよくある男性のアルコール依存症・タバコ依存症(ニコチン依存症)とは、同じ依存症とはいえ何が違うのか。

それらの依存症は、当事者に何らかの意図が働いたものではなく、”たまたまそこにあったもの”にハマっただけなのか。

これまで様々な依存症の議論において中心的課題とはならなかった「ハマる動機」に言及してみることにしましょう。

2009年に発表された厚生労働省による研究調査結果によると、

日本の成人男性の9.6%、同じく女性の1.6%、全体平均で5.6%がギャンブル依存症だということです。

すなわち、この年の成人人口(国勢調査推計)から計算すれば、

男性は483万人、女性は76万人、合わせてなんと559万人がギャンブル依存症ということになります。

これはこれで驚くべき数字ですが、

日本においては、男性:女性=6:1であること、

このこともとても重要です。

なぜか、男性の方が女性よりずっとギャンブル依存症に陥りやすいのです。

(ギャンブル依存症―Wikipediaより)

goo.gl/6Cm90

これは一体どういうことを示しているのか。

ここから後は、私の推理です。

(また本論は、それぞれの言動・文化的背景の善悪良否を云々するものではないということも、先に申し上げておきます)

戦後まもなく、悪党(悪漢)とでもいうべき男性の一群がおりました。

彼らの”遊び”は、俗に「飲む(飲酒)・打つ(博打)・買う(女性)」といわれるものです。

これらをあえて依存症として捉えるなら、「アルコール依存・ギャンブル依存・恋愛(SEX)依存」ということになります。

(ちなみに、当時のギャンブルの主流は、パチンコなどではなく、競馬・競輪といった公営ギャンブルでした)

ただしこれはすべての男性に共通のものであった訳ではありません。

”退廃的”なものに美を感じる男性が、”かっこつけて”やっていたものです。

すなわち、こういった偽悪的な振る舞いをすることによって、男性ナルシシズムがある意味積極的に表現されていたのです。

また、実際にこのような生き方をせずとも、そういったものにロマンを感じる男性・そのような退廃的な男性に憧れる女性が少なからず居たことにも、触れておく必要があります。

”しょうがない男”と”それを大目に見る女”が、互いを認め、依存しあうことに、「夫婦(めおと)・男女の理想」が描かれていたというのは言いすぎでしょうか。

その時代、男性は”糸の切れた凧”のようにふわふわどこに飛んで行くか分からない不確定なものと認識され、女性は男性の我儘にただ耐え待ち続ける存在と認識されていたようです。

(その時代の演歌・歌謡曲に、そのようなモチーフのものが数多くあります)

”男性の我儘”といいましたが、その時代における男性の行動規範は確かに存在していて、男性はそこから完全に自由であったとはいえません。

昔の男性の行動規範、それは「恥にならぬように生きること」です。

では「恥」とは何か。

それは「自分の名誉・面目などを汚すことをはばかる」こと(広辞苑)です。

そして「恥」をかかぬための忍耐(適応行動)が「やせ我慢」です。

「武士は食わねど高楊枝」とは、このことを指します。

では当時の男性の感じる「恥」とは、具体的にどういうものか。

諸説あるでしょうが、私は「父性的な(パターナルな)振る舞いをしないこと」だと考えます。

父性とは、「組織・家族の長として、掟を立て、秩序維持に努めること。”群れ”の危機においては、身体を張って守ること」です。

実際には、かなりだらしなく、不道徳で身勝手な男性もいたと思われますが、そういう人物でも自らの内なる父性の存在を信じていたのではないでしょうか。

(専制君主のような頑固親父とは、そのような存在の典型でしょう)

そして、そこに揺るぎない男性のナルシシズムというものがあったと考えられます。

対して、現代の男性はどうでしょうか。

現代日本は平和国家です。

1945年の終戦以降、戦争は行われておらず、戦争の記憶のない世代がほとんどです。

そうした”戦闘不在”の社会においては、”守る性”である女性が生来的に志向する事柄が主流になります。

(もちろん、この話は平和国家を否定するものではありません。

歴史の必然なのか、あるいは偶然なのか、私達はこのような長期間の平和を享受できる社会に生まれることができたその幸運を寿ぐべきでしょう)

そうなれば”戦う性”である男性の存在意義が怪しくなってきます。

以下に、いくつかそのような例を挙げてみましょう。

1)最近よくもてはやされる「イクメン(育児を楽しむ男性。育児を積極的に行う男性)」について。

育児を重んじる男性がいることは決して悪いことではありませんが、

ただこれは女性原理を軸にした評価であることについては、認識しておく必要があります。

女性にとってみれば「私の替わりを快く引き受けてくれる”使える人物”」ということで、

「イクメン」はすなわち「2番めの母親」なのです。

これは、従来の父性を肯定するものではなく、むしろ婉曲的に否定するものともいえます。

2)「草食系男子」について。

「草食系男子」とは、「心が優しく、男らしさに縛られておらず、恋愛にガツガツせず、傷ついたり傷つけたりすることが苦手な男子のこと」(ウィキペディアより。森岡正博の定義)をいいます。

元来、攻撃的・果敢な性であるとされてきた男性が柔和になったことで、”近頃の若い男子には性欲がなくなってきたのではないか”と危惧する声も聞かれます。

しかし、実際はどうか。

おそらくは、男性の性欲が消失してきたのではなく、恋愛・性の対象である女性に嫌われることを何より恐れ、女性に対し過剰に配慮するあまり、フリーズしてしまって、積極的に恋愛を展開する勇気が持てないか、気力が萎えてしまったというのがより実態に近いのではないでしょうか。

すなわち、男性が”狩人”として振る舞うことに対し、多くの女性が嫌悪感・忌避感を示すようになったことが、「草食系男子」増殖の一番の原因でしょう。

ここでも、女性原理が中心となって、展開してきているのが見て取れます。

3)またカップルが訪れる定番スポットであるディズニーランドはどうか。

ここで、熱狂する女性は数多い。

それもそのはず、ここは母性原理(や女性的価値観)が横溢する場所なのです。

(男性キャラクターもいるにはいるが、女性から見て理想的な男性像といえましょう)

女性にとっての”夢の王国”であるため、そのような女性に気に入られるために男性がおつきあいで同行しているケースが多い印象です。

今の男性は、否が応でも、女性原理に適応するように生きる(すなわち、女性に気に入られるように生きる)ことを余儀なくされています。

裏を返せば、そこに男性原理というものが見当たらないのです。

このような社会において、適応できなくなった男性はどうなるのでしょう。

ここでいう”適応できない”とは、「恥という内的規範を失ってしまった結果、男性ナルシシズムがどこに向いて良いか分からず、暴発してきている」さまを指します。

私は、一定数の男性は、ギャンブル依存症(とりわけパチンコ・パチスロ依存症)・インターネット依存症・ゲーム依存症になるのではないかと考えています。

それは、恥も外聞もない”なし崩し”の状態。

無力感にとらわれ、「こんなことにでもはまらなければ、やっていけない!」といったような自暴自棄・消極的反逆の表現なのではないでしょうか。

その一方で、女性に理不尽な暴力を振るう”DV男”の存在もあります。

DV(ドメスティックバイオレンス:家庭内暴力)は一見、男らしい振る舞いのようだが、完全にはき違えてしまった言動です。

昔男性が、自分の感情にまかせて女性を殴ることなど、恥の極みでした。

(殴る男性はいたと思いますが、それは父性を体現するための意識的行動であったと考えられます)

すなわちこれも、恥という内的規範が崩壊した状態の一亜系といえるでしょう。

(女性原理へのレジスタンス、という見方も全くできないわけではありませんが、おそらくほとんどにおいて当てはまらないでしょう。それに、このような表現は到底容認されうるものではありません)

話を、ギャンブル依存症男性に戻しましょう。

男性としての矜恃が保てなくなったことにより、ギャンブルに逃避してきた男性たちを、元の社会生活に戻すことは困難を極めます。

そもそも、男性としての矜恃が保てるような時空間が、どんどん消えていっているからです。

行き場を失った男性ナルシシズムを、今後どこに差し向けるか。

これはギャンブル依存症者一人の課題ではなく、治療者・家族・社会全体に突きつけられたとてつもなく大きな課題なのです。

もっとラジカルにいうなら、「今、男性ナルシシズムが死にかけている」。

これは、常日頃ギャンブル依存症臨床に携わる私が、多くの男性ギャンブラーと会うなかで、垣間見る現実です。

そして、これは”私の診察室だけの特殊事情ではないのではないか”という疑念が、どうしても拭えないのです。

熊木徹夫(ビジネスマン専門カウンセリングルーム「戦士の休息」代表・精神科医)

<愛知県名古屋市。名古屋駅から徒歩3分。  TEL:052-446-5085

〒450-0002 名古屋市中村区名駅四丁目26-7名駅UFビル9F

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