パートナーに関するお悩み~夫が飲酒・喫煙ギャンブルをやめられない~から考える、ギャンブル依存症再考

こんにちは。カウンセラーのなるです。

 

突然ですが、みなさんは「被害者なき犯罪」という言葉をご存知でしょうか?

もともとは、1965年にアメリカのエドウィン・シャーにより提案された「被害者のいない(ように見える)犯罪」を指す刑事法学上の概念ですが、現在は広く「他者に迷惑をかけない(ように見える)非社会的な行為」という意味で普及してきました。

典型例としては、売春・薬物・賭博・贈賄・脱税などが挙げられます。

女性の方から寄せられる、【夫が飲酒・喫煙・ギャンブルをやめられない】というお悩みの、”ギャンブル”も言い換えれば、「被害者なき犯罪」なのです。
また、”飲酒・喫煙”も、依存状態にあるとしたら広く、「被害者なき犯罪」の一種と取れるかもしれません。
今回の記事は、お悩み相談をいったん離れ、当院が特に力を入れている「依存症臨床」に対して、カウンセラーの立場から、現場の感触を踏まえた考察を述べるような内容にしたいと思います。

 

1.依存症とナルシシズム

ギャンブル依存症については当院の代表熊木が、
『今、男性ナルシシズムが死にかけている~ギャンブル依存症考~』
www.dr-kumaki.net/senshi/narushinu/

 

において、行き場を失った男性ナルシシズムに焦点を当てた考察を行っています。

では、ギャンブル依存と関係すると考えられるナルシシズムとはそもそも何を指すのか、ひとつ前の段階から、考えてみたいと思います。

ナルシシズムという言葉は、精神分析学の権威であるフロイトによって初めて使われました。
ギリシア神話に登場するナルソッキスという美しい青年が、水たまりに映った自分の姿に恋をするという呪いを受けたのが語源です。

ナルシシズムは、自己を愛する感情のことで、それ自体は悪いものではありません。子どもは誰しもが持っていて、成長にしたがって、現実に見合った認識に置き換えられていくと言われています。
ただし、なんらかの要因によって不健全なナルシシズム(原始的ナルシシズム)が育てられてしまった大人は、ありのままの自分をよしとする自尊心を保つことが難しくなります。そのため、他者からの注目や賞賛によって、傷つきやすい自尊心を護ることでなんとか「自分」あるいは「男性」としての自分を保って生きているのです。

他者からの注目は、なにもプラスの働きをもつに限りません。他者からの干渉、保護、管理・・・そうしたネガティブな性質のものであっても、自分を保つために必要とされると考えられます。

このような原始的ナルシシズムの肥大を、依存症に置き換えて考えると、ギャンブルやお酒依存に依存することで、他者からの心配や怒りといった”注目”――子どもが母親から無条件に注がれるような――を浴び、自分を保っているとは考えられないでしょうか?

 

私が日々臨床の現場で目にする依存症のクライアントたちは、妻にも、子どもにも精一杯の虚勢を張って、やっとのことで自分を保っているように見えてなりません。

院長の言う、今死にかけている「男性ナルシシズム」は、こうしたぎりぎりの状況の中で、少しずつ萎縮していき、原始的ナルシシズムに飲み込まれつつある、男性としての「健全な自己愛」と捉えるられるでしょうか?

 

2.依存症とパターナリズム

ナルシシズムと依存症の関連が見出されたことで、「パターナリズム」の問題が浮上します。
パターナリズムとは、日本では父権主義などと訳される、強い立場にあるものが、弱い立場にあるものの利益になるようにと、本人の意志に反して行動に介入・干渉することを言います。典型例は、専門家と素人の関係性です。

例えば、医師-患者関係では、パターナリスティックな介入・干渉が行われやすいと言われています。とくに、精神科医療の現場においては、「意思能力の欠如」や「病識欠如」といった患者特性上、他の医療領域に比べ、パターナリズムが発揮されることが少なくありません。

 

具体的には、医療保護入院や、行動制限、強制投薬等がこれにあたり、
①本人の利益をまもることを目的とした
②治療のための
③本人の同意によらない
④実力の行使
を「治療のための強制」と定義されています。

 

では、カウンセリングはどうでしょうか?

カウンセリングでは、カウンセラー-クライアントは、常に対等な関係であると考えられます。
その専門性においても、心理学的な専門性を持ち合わせているのはカウンセラーですが、自分自身をよく知っているという意味では、クライアントの専門家はクライアント本人をおいて他にありません。
専門家と専門家が対等な関係で協力して行う営みがカウンセリングであると私は考えます。

ただし、先に述べた患者(クライアント)の特性上、依存症のカウンセリングにおいて、どこまでパターナリズムを発揮すべきかというのは、大変悩ましい問題です。

実際に、「ギャンブル」という行動を制限しようとする介入を行うわけですから、まったくパターナリズムを排除したカウンセリングを行うことは本質的に不可能だと言えるかもしれません。
ただし、そこには、必ず本人の意志・同意が存在することが、カウンセリングにおけるパターナリズムの発揮と、「治療のための強制」の最大の相違点でしょう。

 

パターナリズムの対極の概念として、「インフォームド・コンセント(正しい情報を得られた上での合意)」があります。「自己決定権」、「自己責任」と言い換えることもできます。

 

ギャンブル依存症をこれらの概念からとらえた時、

ギャンブルという自分たちを傷つける行為(=被害者なき犯罪)の機会を、「自己責任」という看板を盾に、ビジネスの仕掛け人たちが人々に提供し、それに対して、ギャンブルという行為を「自己責任」の範囲で収められなくなった依存症の人々が現れ、パターナリスティックな保護・介入を必要としている、という構図がみられます。

 

被害者がいないように見えても、必ず誰かが傷つき、苦しんでいる「依存症」に対し、
「自己責任・自己決定権」が本来の意味を離れ、利用されている現状を前に、
純粋なカウンセリングとは相反する概念であるはずの「パターナリズム」をどう臨床に活かすことができるのか。

依存症臨床において、パターナリズムを発揮すべきは、カウンセラーなのか。
それとも、パートナーのパターナリスティックな関わりを支援すべきなのか。
そうすることが、今にも死にかけている「男性ナルシシズム」をより傷つけてしまうことにはならないか。

依存症臨床に携わるものとして、悩みはつきません。
クライアントとともに毎日、悩みながら行きつ戻りつですが、少しずつ進んでいけたらと思います。

 

こうした「ギャンブル依存症」は、一部の特殊な人々に限った現象ではなく、誰しもがそのAddictionにとらわれてしまう危険性を孕んでいるのです。こうした現状を真摯に受け止め、当院は、「ギャンブル依存症」をテーマに、9月6日(土)7日(日)に開催され中日健康フェア(中日新聞社主催)に参加する運びとなりました。
2日間に渡り、6回の講演、講演後の個別相談会を予定しております。
名古屋駅近くのアクセスも便利な会場ですので、近隣の方、ギャンブル依存症に関心がある方は是非一度、足をはこんでみてくださいね。

 

※今回は、変則的にギャンブル依存症に焦点を当てた記事となりましたが、次回以降、またビジネスマンあるいは女性のお悩みについて当院カウンセラーが解答していきます。

ご自身の悩み、パートナーの悩み、あるいは親戚やご友人…「あの子、こんなことで悩んでなかったっけ・・?」と思い当たるお悩みがいくつもあるはずです。
気になるお悩みがあったら、お時間があるときにでも目を通してみてくださいね。

 

心理カウンセラー なる

 

ビジネスマン専門カウンセリングルーム「戦士の休息」
〒450-0002 名古屋市中村区名駅四丁目26-7名駅UFビル9F
TEL:052-446-5085


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